源流行(釣行編 その2)

iwao

2006年09月12日 20:19

・・・今日も長いです。
つか、もうずっと長いかも^^;

///////////////

テント越しに、うっすらとした明かりを感じた。
トロトロとまどろんでいると、やがてはっきりと
外が明るくなっているのが感じられた。
まだ寝ていたかったが、これから釣りに行くのだと思うと
起きだすことは気にならなかった。
テントの外に出ると、新鮮な朝の空気が心地よかった。



翌日の焚火は、きれいに燃え尽きていた。
残った灰に手をかざすと、まだ暖かかったので、小枝を
拾って灰を少しかき回した。熾きの小片が、空気に触れて
赤く縁取ったように光った。熾きの上に、粗朶の残りを置いて
軽く吹いてやると、しばらくして炎があがった。
燃え残りの薪を慎重に乗せていくと、焚火は安定して燃え始めた。
コーヒーを沸かすために、鍋を火にかけた。

ゆっくりと朝餉の支度をし、食べ終わると7時を過ぎていた。
焚火で朝飯を作のは楽しかった。
まぁ、焚火はいつだって楽しいのだが。
元気な釣師なら、もうしばらくしたら登ってくる時間だ。
「朝飯もそこそこに飛び出していくのが本当なんだろうな。」
考えると少し可笑しかった。

コーヒーと一緒にゆっくりと一服すると、
釣りの支度を始めた。
釣道具と昼飯用の携帯食、カメラだけをザックにいれて
残りはテントに突っ込んだ。

釣師はまだ上がってこない。
K沢に立ち、元気一杯で遡行をはじめた。
・・・が、昨日までとは勝手が全く違った。

「渓流魚は警戒心が強い。」

一般的にそう言われている。
渓流釣りをしなかった自分でも、「木化け」、「岩化け」なる
言葉があるのは知っていた。
しかし、これまでの釣行では全く気にならなかった。
要するに、普通に釣れたのだ。
テンカラの釣りであれば、竿と糸でせいぜい6mほど。
魚から見られずに毛鉤を振るうことは至難の業である。
以前であれば、忍び寄ることに神経をつかって
ポイントへの打ち込みを外すよりも、大胆に近づいて
ポイントに直接打ち込むほうが釣果が伸びた。

しかし、今日は・・・

・・・釣れない。まったく釣れない。
先人達の言うとおりだ。逃げる。逃げる。
ちらっとでも沢に影を落とそうものなら、電光のごとく魚が走る。
でかい奴、小さい奴、全てが消える。
まばたき2つの間に霧散するのだ。
あとは立ち尽くすほかない。
自分の影ならまだしも、竿の影や毛鉤の影でさえもこの通りだった。
涎が出そうな淵に立ちながらも、魚を散らしてしまった釣師は
どうしようもなく哀れだ。がっくりと肩が落ちる。
そんなときに限って、すぐ上流の岩の上で、カワガラスがこちらを見ている。
短い尾羽をツンツンと振りながら、すまし顔で。
いかにも、「やれやれ・・・」と言いたげに(笑)。


                  カワガラスに笑われた淵

そんなことを、この日は何回か繰り返した。
なぜこんなにも状況が変わるのだろうか。
思い当たることはひとつ。
K沢と他の沢との違いは、沢の懐の大きさだった。
K沢は流れが太く、淵が大きくて深い。
瀬も連続しているが、トロ場も多く
岩魚は淵やトロ場でゆったりと休んでいた。

こうなったら、「石化け」をやってみるしかない。
出来るだけ水面を見ないように心がけ、面倒でも
岩や流木の後ろに体を入れるように心がけた。
それでも、やっぱり魚は逃げてしまう。
みっともなく岩にへばりつく姿は、
出来損ないの山椒魚にでもなったような気持ちだった。

それでも諦めずに「石化け」繰り返していると、
チャンスは急にやってきた。
ある大きな淵で、大きな岩魚に近づくことができたのだ。
尺はあろうかと思われる幅広の見事な岩魚だった。
はやる気持ちを落ち着かせて、岩陰から毛鉤を振り込んだ。
毛鉤は、魚の2mほど上流にポトリと落ちた。
とたんに魚がユラリと動いた。
毛鉤にゆっくりと近づいてくる。
心臓が壊れそうになるぐらいに息苦しくなった。
しかし、遅い。ゆっくり、ゆっくり。
毛鉤を意に介していないようなそぶりで近づいてくる。
毛鉤の手前まで近づいてくると、すーぅっと
浮き上がってきて毛鉤をパクリと咥えた。
「うわっ!」っと叫んだかどうだか。
跳ね上げた竿から、ほんの一瞬だけ魚の重みが伝わって消えた。
毛鉤は、跳ね飛んで岩上のオヒョウの潅木に絡まった。
早すぎたのだ。
魚の姿はもう影も形もなかった。
喪失感だけが残った。

「それにしても、鯉のような奴だったな。」
ひとりごちて笑った。
あの岩魚の動きは、まったく鯉が水面の餌を食べる仕草と
同じだった。瀬尻や淵の落ち込みで電光のように
餌をくわえ込む魚がとる行動とは思えなかった。
笑うと喪失感は消えていた。
そして、なんとなく次は釣れるような自信が沸いた。

すぐに次のチャンスがやってきた。
同じような淵で、やはりゆったりと大きな岩魚が泳いでいた。
上流に毛鉤を落とすと、先ほどとまったく同じように
浮かび上がって毛鉤を咥えた。
やっぱり鯉のようだと思った。
ぐっと堪えた。
魚は毛鉤を咥えると、反転して少し潜ろうとした。
ここで弾くように竿を立てた。
ずしりとした重みが腕を伝わる。
っと、あっけなく寄せられてきた。
少々がっかりしながらも、取り込みのためにタモを手にすると
魚は、それで目が覚めたように走り出した。
しかし、それほど引きは強くない。
何度かやり取りをするとタモの中に納まった。
タモの中の魚は、驚きと怒りの半ば混じった顔で私を見上げた。


                    怒りの岩魚

「のんびりやってたところを、急にやられたんだから無理もない。」
少々岩魚が気の毒になったが、可笑しくもあった。
これまでに釣り上げた岩魚で、一番大きいかもしれない。
体高があるのでとても大きく見えるが、尺には少し足りないか。
写真を撮った後、水に返すとゆっくりと淵に帰っていった。



その後は、同じような淵やトロ場で8尾を釣り上げた。
ちょっとしたコツを体得したようだった。
いづれも良型だ。


                     美しい岩魚

いつもと違う条件で苦戦したが、2時過ぎで竿を収めたときには
深い満足感で満たされていた。
特に最初の一尾は格別だった。
家にもどってからも、あの岩魚たちの鯉のような仕草を思い出す。
そして、驚きに目を見張った顔を思い出すと、
可笑しさがこみ上げてくるのだ。


あなたにおススメの記事
関連記事